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2008年6月

地球温暖化?

地球温暖化について、最近はものすごく脅迫的な物言いが増えている。

しかし、最近の温暖化の恐怖を煽る宣伝たちは、どうも温暖化にかこつけた商売がらみでしかないように感じる。

要するに、「地球環境に配慮したモノだから、買い換えてください。」といってるようにしか聞こえない。

これがまかり通っていながらエコだ、もったいないだと言われても空虚にしか感じない。

そもそも、温暖化とは何か。

根本的なことだが、地球気温は時と共に変動する。

恐竜が活躍していた時代は平均気温が今より10~15度も高かったようだ。今から1万年ほど前の縄文時代ですら、今よりも気温が高い。

当然、恐竜時代や縄文時代に火力発電や車があったはずもなく、この気温変動は自然のもたらす変化だ。

多くの人が、社会科の授業の一番最初に、縄文時代は日本の都市部のほとんどが海だったという話を聞いているはずだ。そして、今よりも暖かかったので、東北地方に縄文時代の遺跡が多く残されていることも合わせて習ったはずだ。

まず基本的なこととして、地球の気温は自然によって変動するものだという感覚がなければならない。

京都議定書の根拠となるIPCCの報告などにより、地球温暖化は人間の出すCO2が原因だとされているが、これには当然反対意見もある。何しろ、温室効果はCO2よりも水蒸気のほうが高いのだ。

そして古気候学的に言えば、地球はこれから先100年以内に寒冷化する時期がやってくる。寒冷化などというと奇異に聞こえるかもしれないが、数十年~数百年の単位で地球は温暖化と寒冷化を繰り返している。

多くの人は知らないかもしれないが、今、地球の時代区分としてはまだ「氷河期」なのだ。今はその氷河期のうちのまだ温暖な時期、「間氷期」に属している。

この間氷期のなかで、数十年単位で気温の変動があるのだ。だから平安時代や鎌倉時代と現在では気温が違うし、最も最近の寒冷化した時代は1920年代だった。

多くの人はこの事実を知らないので、地球温暖化のデマに惑わされしまう。

改めて言うと、地球の温暖化は心配することではない。たまたま今は温暖化の時期なのだ。

そもそも、日本にとって温暖化はそう悪いことではない。

北海道で米が取れるようになるし、ひょっとしたら千葉県あたりにもさんご礁ができるかもしれない。中生代の前例を見るまでもなく、温暖化は植物を活性化させる。

よく言われることだが、北極の氷が解けて日本が水浸しとか、砂漠化が進んでしまうなどというのは全くのウソである。

北極の氷がいくら解けようと、巨大な氷の塊なんだから、いくら解けても水位は変わらない。アルキメデスの定理だ。砂漠化が進行する地域もあろうが、逆に緑が増える地域も出る。地球の水分量は一定なのだから当然である。

大事なことは、行き過ぎた経済活動によって大気や環境の汚染が増えることである。しかし、それと地球温暖化をごちゃ混ぜにしてはいけない。

本当の問題は経済活動によって引き起こされる環境破壊、汚染なのだ。そしてこれによる地球へのダメージは最早限界に達しているだろう。

人類は今、地球環境か経済発展か、どちらかを選ばなければならないところまで来ていることは事実である。

これは次回に続けて書こうと思う。>ブログランキング・にほんブログ村へ

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二刀流

“ニート二刀斉”などと銘打っておきながら、武道はおろか二刀流の話すらしたことがなかったので、今回は二刀について書きます。

私の学ぶ剣術の二刀流は、右手に大刀、左手に小刀を持ちます。

持ち方は、いわゆる剣道の二刀のように柄頭を持つのではなく、鍔のすぐ下、両手で持つ時の右手の位置で持ちます。

ワンピースに出てくる海賊狩りのゾロも言っていましたが、

「刀を二本使うこと」と「二刀流」では意味が違います。

「刀を二本使う」のであれば、両手に大刀を持ったほうが効率がよく戦うことができますが、あえて大小二刀を持つ「二刀流」なのですから、それなりの使い方があります。

具体的な技術説明をしたいところですが、文章だとやはり限界があるので、要点のみ書きます。

1、基本は大刀による片手切り

2、小刀は大刀の補助的に使うが、小刀といえども攻撃、防御ともに大刀と同じように扱う。

3、左右の刀を生かすため、体は相手に対して正面を向く。

二刀を学ぶ前は、何故わざわざ短い小刀を持つのか不思議で仕方なかったのですが、いざ二刀を使うと、この左手の小刀にこそ二刀の真髄があることが理解できました。

もし、二刀流をやってみたいという人は、以上の3点に注意しながら、まず実際にやってみてください。ある程度自分で研究すれば向き不向きがわかるので、もし好みであればそのまま続ければいいと思います。

そして最後に、重要ななアドバイスを一つ。

刀は、格闘技のように瞬発力によるスピードを競う武器ではありません。

触っただけで切れる鋭利な刃物をいかに正確に扱うかが重要なのです。ですから、二本刀を持ったからといって太鼓のような連続攻撃をしてはいけません。やってみればわかりますが、そんなことをしてもすぐ一刀に斬られます。

二刀に限らず刀による剣術は瞬発力を使わないので傍目には動きが遅く見えるかも知れませんが、斬るべきところを斬れば瞬発力は必要ありません。

時間的、空間的に斬るべきところを見つけることが剣術においては最重要だと私の流派では考えております。

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ガソリン値上げ

またガソリンが値上がりするらしい。

この原因は産油量の低下等ではなく、人為的なものらしいのだ。

日本は資源のない国である。だから資源の輸入先の確保は最重要課題だと思うのだが、それを国策として今までやってこなかった。

オイルショックも、今回の石油値上げの騒動も、原因は同じである。

要するに、日本は自分の国で使う資源の確実な確保をおろそかにしてきたのだ。

これは戦前からあった問題だ。

何しろ、先の大戦の目的の一つは、日本が原料の確保から製品の販売、消費までをひとくくりにした独自の経済圏の確保があったのだ。

戦前は武力による圧力がかけられたのだろうが、今ならば経済的な圧力を加えてでも、原料の確保には力を注がなくてはならない。

他国の都合で日本経済が右往左往するようではこれから先の繁栄はおろか、国家の存続すら危うくなってしまう。

これは、生命線を他国に握られているようなものだ。

今回の石油値上がりを良い経験とするなら、これから先は安定的な、もしくは日本の自由が利くような原料の確保先を作らなければならない。

それは経済力を背景にした圧力を使ってでもやらなければならないことだろう。

まさに日本の命がかかっているといっても過言ではないのだ。

武力だけが戦争ではない。エネルギー、食料、国家の命脈を絶つ手段などいくらでもある。

アメリカはもはや頼りにはならない。今こそ日本は独自の道を歩む時期なのではないだろうか。

先の大戦は、その目的の一つに日本が自力でエネルギーを調達できるようにすることがある。

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怒る!!

アメリカが北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除する方向だ。

ロクドウは怒っている。

だいたい、アメリカは既存の核兵器保有国以外が核兵器を持とうとすると、とたんにしゃしゃり出てくるし、言うこと聞かない国ならテロとこじつけて結局アメリカの意向に沿うように武力(核兵器)、経済力をもって脅している。

北朝鮮も相変わらずだ。もはや核兵器は要らぬ長物なのだろう。

もともと核兵器は「自分達は侮れない相手なんだぞ」、というデモンストレーション用くらいにしか考えていなかったのだろう。

そもそも、どのくらいの威力のある核なのか見当もつかない。

本当に爆弾として機能するかどうかよりも、核兵器を持った、という事実のほうが重要なのだろう。

核兵器を持てば、アメリカと同じ土俵に立てる。

一度でも開発した、という事実があれば、いつでも核を保有できるという脅しにもなり、アメリカとは有利な条件で交渉できる。

全く北朝鮮の一人勝ちだ。

ひるがえって我が日本はなんだ。

国家は相応の武力を持たなければ生き残れないという持論はやはり正しいのだろう。

北朝鮮は完全に日本をなめている。もはや眼中にない。

拉致被害者の帰還をちらつかせ、日本から大量の援助をふんだくるつもりだろう。しかも、日本が文句を言えば歴史問題をちらつかせ、問題をすりかえて結局うやむやにするつもりだろう。

そろそろ目を覚ましていいんじゃないか?

もう今までの平和主義は時代遅れだろう。

これからは、軍事、経済両面共に、自国がいかに繁栄し、未来永劫生き残るかを国是にするべきじゃないのか?

日本国憲法の前文にはこう書いてある。(抜粋)

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

日本の周りの諸国民は、公正と信義を信頼できる相手なのか?

そんなものに我らの安全と生存を保持を任せられるのか?

平和とは何かを、思考停止せずにもっとしっかりと議論を重ねなければならないだろう。

前にも書いたが、平和は日本だけでは維持できないのだ。

今の状態では、周りの国がおかしくなったら、日本の平和は維持できないということになる。

これで本当にいいのか?多くの日本人よ。

核保有国が周辺に実在することを念頭において、国防についてもうちょっと考えたほうがいいのではないだろうか。

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落書き

イタリアのフィレンツェの大聖堂で、女子大生が落書きをしたらしい。

しかも、この学生以外にも落書きをしている人が複数いるらしい。

文化財に落書きなど修学旅行の中学生でもそんなことはやらないと思うのだが・・・

日本国内ならまだしも、海外に行って誰だかわかるような落書きをするなんてどうなってるのだ?

発見されたかったのか?

日本国内でも怒るが、世界に向けて日本人のアホさを広めてどうする。

歴史の重みを、もっと感じて、理解していただきたいものだ。

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イージス艦

今日、イージス艦の乗組員が書類送検された。

イージス艦にぶつかられた清徳丸の乗組員のご冥福をお祈りする。

しかし!ロクドウは怒っている。

今回は衝突したのが普通の漁船だった。

しかし、これがもし漁船に偽装したテロリストだったらどうするのだ?

あっという間に乗っ取られて、日本が危機にさられてしまう。

警備が甘いにもほどがある。

もう少し、海上自衛隊にはしっかりとしてほしい。

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沖縄「慰霊の日」

今日は63年目の慰霊の日である。

太平洋戦争で唯一地上戦を経験した沖縄の先人達には頭が下がる思いだ。

しかも、民間人をも巻き込んだ大激戦であり、その様子は「鉄の暴風」といわれるほどすさまじいものだったそうだ。

沖縄では24万人もの人が犠牲となった。戦没者の方々のご冥福を祈るばかりだ。

しかし、ロクドウは怒っている。

確かに日本は戦争をしたが、沖縄の人を24万人も殺したのはアメリカ兵だ。

日本の戦争関係の報道を見ると、まるで日本軍が沖縄県民を殺したかのような誤解を与える報道があまりにも目立つ。

沖縄県の仲井真知事は「戦争の記憶を正しく伝えること、二度と戦争を起こしてはならないと確認し続けることが沖縄の原点」と発言していた。

これからの時代は沖縄、もしくは日本は戦争の記憶を伝えるだけではだめなのだ。

戦争はつらく、悲しいものだったろうと思う。しかし、なんで戦争をしたのかを客観的に次の世代に伝えているのだろうか。

そもそも、今の日本がアメリカの核兵器によって守られていることをちゃんと説明しているのだろうか。

平和を望むのは当然だが、小学生の学級会じゃあるまいし、現実世界から戦争が無くなることなどありえない。

これからの時代は、

1 なぜ日本は戦争をしたのか。

2 平和を維持するためには相応の軍事力が必要であること。

この二つをしっかりと正しく客観的に教えていかなければならない。

国家は、軍事力が無ければ他国に対してまともな発言権すらないことにそろそろ気がつくべきだ。それは北朝鮮や中国に対する日本の弱腰を見ればわかるはずである。

アメリカの核兵器に守られていることを知りながら、日本はむなしく平和を叫び続けている。

国家は相応の軍事力がなければ生き残ってはいけない。中国、北朝鮮という核兵器をもつ隣国に囲まれた状況で、どの面下げて米軍に出て行けと言えるのだ?

本気で米軍を追い出したいなら、核兵器を含めた国防を真剣に議論すべきである。

戦争は自国だけではできない。他国から攻められてもそれは戦争と呼ぶのだから。

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ブラジル日系移民100周年

ブラジルに日系移民が始まって、今年で100周年だそうだ。

テレビでも100周年記念式典の映像が流れたりしていた。

見知らぬ国に移住して、苦労に苦労を重ねた100年だったと思う。移民の祖先の方々の努力には本当に頭が下がる思いだ。

今ブラジルから逆に移民が増えているらしい。しかも日本の工業生産の力になっているという。

一体彼らは何を思い抱いて日本にやってくるのだろうか。我々は、せめて彼ら移民が失望しないような日本人でいたいものである。

蛇足。

ロクドウは武道家なので、ブラジルと聞くとどうしてもカポエイラとブラジリアン柔術を思い浮かべてしまう。

カポエイラはともかく、ブラジリアン柔術はもともと日本人が伝えたものらしい。

移民と共に伝わった身体文化が、100年を通じて実用に耐えうるレベルでブラジルで伝承されていることに深い感慨を覚えずにはいられない。

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あじさい&菖蒲

今日は家族と花を見に行ってきました。

まずは堀切菖蒲園。うちは移動手段が車なので、駐車場探しに手間取った・・・。

なんとか車を止めて園内を回っては見たものの、なんかイマイチ。

その中でも気に入ったものを一つ。

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読みにくいけど“時雨西行”とあります。もうちょっと詳しく・・・

Photo

この淡い色合いが妙に気に入りました。

しかし、なんとなくイマイチだったため、以前友人に教えてもらったお寺に移動することにしました。

車で走ること30分。松戸市にある本土寺に行きました。

まず参道の雰囲気に驚きました。なんかちょっとした観光地に来た気分。それから参道にある食事処で昼食。この昼食がすばらしい。ざるそばと、炊き込みご飯と漬物のシンプルなメニューでしたが、ここは漬物が有名らしく、どれもおいしい。年寄り口なロクドウはこれだけで大満足でした。

そのあとようやく本土寺に行ったわけですが、すばらしいお寺でした。

何がすばらしいってその花の見事さ。アジサイが有名とは聞いていましたが、まさかここまですごいとは・・・。中庭の菖蒲もすばらしく、堀切菖蒲園がかすんで見えました。

そんなこんなで梅雨の一日を満喫したロクドウでした。

本土寺を教えてくれた友人Kに感謝!

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ゲンコツ条例

朝のワイドショーでゲンコツ条例の是非について論じていた。 そこで面白かったのはテリー伊藤が執拗に反対していた姿である。 なんかいろいろと言っていたが、結局テリー伊藤は愛情を持ち、相手のことを思い、相手が正しい道に進むための、いわば“相手のための体罰”をしたことが無いのだろう。 番組中でも誰かが言っていたが、テリー伊藤はADを殴ったりしていたらしい。 その時、テリーはおそらく自分の感情の捌け口として殴っていたのだろう。 

そもそも、なぜ体罰が必要なのか。

まず前提の話をするが、教師は生徒よりも立場が上の存在である。これを忘れると根本的な間違いが起きるので注意してほしい。 そして教師は子供達に指導する立場である。だから教師は公明正大な判断によって間違いを犯した生徒を正さなければならない。 これはよい公民、すなわち未来の日本国民を育てるために絶対に必要なことである。 だから、前提として子供は教師の言うことを聞かなければならない。 時代がどう変わろうとも、これは絶対に揺るがない。 学校とは、社会のルールを学ぶ場でもある。まだ学校に通っているうちは多少ルールに従わなくても良いかもしれない。せいぜい先生が手を焼くだけだ。しかし、そのまま大きくなってしまったら社会のルールをも守らない人間になるかもしれない。そのときは体罰程度ではすまないのだ。社会的な地位を失い、家族にも迷惑をかけるだろう。しかもそのときには手を焼いてくれる先生はもういないのだ。

ここからが本題。 

教師は子供にルールを守らせなければならない。 だいたいまずは言葉で注意し、説教をする。しかし、言うことを聞かない子供にはどう対処するのだろう? 悪いことをしたのだから怒られる。しかし、怒られることに恐怖を抱かないのであれば、怒ったところで意味は無い。 今の子供(特に女子)は絶対に体罰をされないとわかっているから説教程度では子供には効かない。 子供としてみれば、説教はうるさい音が鳴っているのと同じで、耳から頭に入らないのだ。 ようするに教師をなめているのだ。怖くない教師の注意など聞かなくても平気だから、学級崩壊が起こる。 そこで体罰の出番である。口で言っても聞かない、もしくは聞く気がない子供のために体罰が必要なのだ。 教師は体罰をしてでも子供にルールを守らせなければ、子供のやりたい放題になってしまう。 先生は悪いことをしたら怒るんだ、という畏敬の念を持たせるためにも体罰は必要だろう。 そして体罰をする前でも、したあとでもきちんと説得し、説明して納得させることが必要である。 ルールに従うのも、真面目に授業を受けるのも、社会に出て絶対に必要なことなのだ。だから心を鬼にしてでも、子供のうちにそれを叩き込んでおく必要がある。しかも今の時代は親まで常識が無い。本来家庭で行われるべき常識の体得ができない家庭もこれからどんどん増えてくるだろう。そういった家庭の子供のためにも、早く体罰を解禁するべきだ。

ここからは蛇足だが、今の教育を本気で再生させたいと思うなら、いい方法がある。 それは、親が教師を立てて、教師の言うことを聞くように家庭でしつけ、教師は、子供達の師として恥ずかしくない言動をとる、というものである。 言葉にすると簡単なようだが、これができていないから今の教育現場は荒れているのだ。 

何か難しい方法のように見えるかもしれないが、この方法は、日本人が昔からやっていた伝統的な教育方法なのだ。

この方法ができれば、世界のどこに出しても恥ずかしくない日本人が出来上がることだろう。

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子供の意見を聞く?

今日ラジオで環境問題のこれからについて、子供の意見を聞いたほうが良いという話が出ていた。

これは環境問題だけではないが、最近第三者の意見を聞いて、というたぐいが多すぎる。

長い時間をかけて研究してきた人間が、思いつきのごとき他者の意見に流されてどうする。

そもそも、その対象についてよく知らないから“第三者”なのだろう?

その道の研究者の意見は、門外漢の意見を聞いたくらいで変わるような意見なのだろうか。

これは研究者に対する冒涜でしかない。

こういうことを好む人は、総じて自分に自信がない場合が多い。

何か一つのものに打ち込んだことがある人なら、同じ事を何十年も続けている人の見識の高さや正しさはわかるはずだ。

いや、これはひょっとすると自分の研究がたいしたこと無いことにうすうす気づいていて、それをカモフラージュしているのかもしれない。

ということは、やはりどちらにせよ研究者が安易に他者の意見を聞いて物事を決める、ということは警戒すべきことなのかも知れない。

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東シナ海

あいかわらず困った国ですな、中国は。

東シナ海の海底資源は、日本ももっと積極的に調査しなきゃな。

ほっといたらなんだかんだといちゃもんつけられてみんな中国に持ってかれてしまう。

中国は日本をなめきっているからね。日本は絶対に武力に訴えないとふんでるからやりたい放題。

これはいじめの問題とも重なるんだよな。

いじめる人は必ず反撃を食らわない人をターゲットにする。

最近はいじめも高度化、複雑化してるから一概に言えないけど、

肉体的、精神的に弱い相手を必ず食い物にする。

テレビや本でいろいろ言ってるけど、いじめを無くす一番の方法

はあらゆる面で強くなること。そして強くなったら弱いものを守ること。

おれはこの方法で過去二人いじめから救い出してる。(自分を入れたら三人)

こういう行動が取れる人がクラスに一人でもいれば大分違うのにね。

・・・話が反れたな。

中国はこれからも日本に理不尽な態度を取り続けるだろう。

日本はいじめやすい相手だからね。

いじめを初めとするこういった理不尽な行動に対して正道をもって臨むことを、日本では“正義”と言うはずなんだけど、最近は誰も言わないね。

これから先、日本が国際社会で本当に生き残る(これも定義が難しいけど、この場合は日本人が日本国として豊かで平和なくらしをするという意味)ためには、絶対に武力が必要だろう。

こういう事言うと、嫌がる人が多いみたいだけど、本当の事だからねえ。

ま、戦わずにいじめを退けた例は俺の知る限りないはずだよ。

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初回

なんだかんだでもう夜中の2時・・・。

はじめまして、趣味で二刀流を使う“ニート二刀斉”ことロクドウと申します。

日々思うことをつづっていこうかと思います。

それでは鹿導記(ニート二刀斉の叫び)、はじめるとしますか!

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