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2008年7月

竹島問題

再び竹島問題に動きがあった。

先日アメリカが、竹島について領土不確定としていたのに対し、今度は一転して韓国領に戻したというのだ。

当然韓国は大喜びだ。

翻ってわが国の首相は「米国政府の1機関がやることに、あまり過度に反応することもないと思っている。今回のホームページ上の記述の変更は、米国の立場の変更とは受け止めていない」とのことだ。

なんというか・・・。冷めている。

韓国ほど熱くなる必要は無いが、もう少し反応してもらわなければ困る。

そして、もっとちゃんと、それこそ一つの政治問題として取り上げてくれなくては困る。

そして、野党は何をやっているのだ。

首相の人気がない今、対韓国、中国で行動を起こせば、絶対に支持率を上げられる。

それとも、野党は日本よりアジアのほうがすきなのだろうか。

首相がこの体たらくでは問題の解決など望むべくもないが、いつも言っている通り、これは日韓関係を解決するチャンスである。

この機会に韓国としっかりと決着をつけてもらいたい。

ここで逃げても問題を先送りにするだけである。

道理を通し、正道を通す。

これが日本の正義である。

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インフルエンザ新指針

国もようやく動き出すようだ。

新型のインフルエンザによる脅威は前々から言われてきたことだ。

今年の正月にNHKでやっていたパンデミックに関する映像は、ロクドウにもかなりの衝撃を与えたのでよく覚えている。

あのドラマのような事態が起こらないとも限らない。

ひょっとしたらあのドラマはまだ被害を抑えて作られたものかも知れないのだ。

これも国防に関する事項だと思っておいたほうがいいだろう。

自然発生の新型のインフルエンザならまだましだが、新型の生物兵器によるテロの可能性とてあるのだ。

国はしっかりと国民を守る方法を考えてもらいたいものだ。

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竹島表記

アメリカの地名委員会が、今まで韓国領としていた竹島を、主権未確定に変更した。

当然である。

しかし、これは本来、日本がアメリカに対して抗議すべきものである。

これで国際的に主権が未確定であるという情報が一つ増えたことになる。

日本にとっては好都合だ。

この際、本気で竹島に関する問題に決着をつけるべきだ。

衝突を恐れてはならない。

道理を通し、正道を通す。

今こそ日本が動き出す時である。

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韓国よ・・・

全く哀れな国である。

今韓国では、竹島問題で日韓が武力衝突した場合、竹島は日本が一日で奪うだろうとの憶測が流れているらしい。

日本に比べて韓国の武力は30%しかなく、本気で戦えば半日持たないだろうとの関係者によるコメントも載るほどだという。

これに関して韓国は、東京に向けて核兵器を配備しろだの、南北統一核武装だの、不穏なことを言い出す始末である。

一体どうなっているのだ?

この間は対馬も韓国領だと言い出しておきながら、争いが表面化して実際に日本との衝突の可能性が出てきたとたんに、日本の軍事力に勝手におびえている。

子供か?韓国は。

下っ端の分際で好き勝手わめいて、敵の真打が現れそうになると尻尾を巻いて逃げ出す。

これであの国の本性がわかっただろう。

自分より下にあると思った者に対しては強く出て、いざ自分達が窮地に立つと慌てふためき、おびえる。

心配するな、韓国よ。

日本人はそこまでおろかではない。

常に平和的に問題を解決しようとする。

だから日本が本気で起こる前に幼稚なわめきは終わりにしなさい。

問題の平和的解決を切に望む。

道理は、日本にあるのだ。

道理を通し、正道を通す。

これが日本のあるべき姿である。

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武士道について

武士道とは何だろうか。

今までも様々な人が武士道について書き残しているし、最近は新渡戸稲造の「武士道」が広く知れ渡っている。

しかし、それらは2000年にわたる日本のサムライの武士道の、それぞれ一端を記しているに過ぎない。

なお、このカタカナの「サムライ」は、日本の戦闘者全般を指すと思って欲しい。

武士、武者、志士、防人、など、日本には時代や目的、立場の違うサムライが数多くいたのだ。

だから、それぞれにそれぞれの武士道がある。

それ故、「日本の武士道」として何か一つの考え方を武士道として定めるわけにはいかない。

そういう場合は「~の武士道」とするのが正しいだろう。

例えば、「江戸時代の武士道」のなかにも「幕臣の武士道」や「志士の武士道」というものがあるし、「源氏の武士道」や「平家の武士道」、「安倍の武士道」というものもあるだろう。

そのような中で、強いて武士道を一言で表すならば、

「日本のサムライが自分の命をかけて戦ってでも守るべき信念」

となるのではないだろうか。

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花火大会

今日は隅田川の花火大会だった。

90万人の観客がいたそうだ。

しかし、東京の真の花火大会は別にある。

それは、来週の土曜日に行われる、

江戸川区花火大会である。

隅田川に比べればマイナーだが、去年の観客動員数は139万人。

今年はもっと増えるだろう。

ロクドウにとっては、この花火大会こそ夏の風物詩。

今年も晴れを望んでやまない。

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青少年施策大綱

今日まとめられた青少年施策大綱によれば、不登校、引きこもり、ニートなどの要因として、幼少期の家庭環境が挙げられていた。

まったくその通りだろう。

だがしかし、ロクドウは別の理由もあると考えている。

それは、“らしさ”の消失だ。

今、日本はこの“らしさ”が急速に失われつつある。

父親らしさ、母親らしさ、男らしさ、女らしさ、等々、挙げればきりが無い。

これらの“らしさ”は、日本人が長年築き上げてきた感覚だ。

言うなれば、“日本らしさ”すら最近は失われつつある。

これはいつかも書いたが、日本のオリジナリティが消えていくのと同じ、大変危険な状態である。

この“らしさ”は、ある意味で目標である。

日本人が感覚的に、最もすばらしい、もしくは最もふさわしいと感じたもの、ことが守られている状態を“らしさ”で表現したのだ。

それが最近は時代の流れとやらで急速に“らしさ”が失われてきている。

社会人らしさ、大人らしさ、親らしさ、これらがなくなりつつある世界なら、若者が目標とすべきものを見失って当然だ。

何でもそうだが、人間は教科書やサンプルが無くては同じものはつくれない。

今生きている人は過去の、まだ日本全体が“らしさ”を持っている頃を知っているから良いものの、今の若者は生まれたときから“らしさ”が失われつつある世界に生きているのだから、年長者が知っている大人に成長しなくて当然だ。

つまり、いくら流行りだからといって、今までの価値観が無くなる、もしくは変質するような変化は起こしてはいけないのだ。

もし今までと価値観が変わることを容認するなら、時代や社会が変化するのは当然のこと、その上に変化して今まで維持できていたものが、維持できなくなることの責任も負わねばならないのだ。

つまり、今までの時代の変化を受け入れてきたのなら、これからおきるであろう時代の変化、少子化、高齢化、治安の悪化などの悪い面も受け入れなくてはならない。そして、そのような世界を作ったことの責任を負わねばならないのだ。

ロクドウは日本的な“日本らしさ”を好む。

そして日本の伝統的価値観こそが最高だと感じている。

だからロクドウは怒る。

日本的なものを崩し、無くなることを容認してきた世代の人々にこそ、これからの崩壊していく日本社会の責任を取ってもらわなければならないのだ。

今、不安定な若者だって、生まれが悪いわけではない。

最もすばらしい日本の家族の姿、国家の姿を見て育つことができなかっただけなのだ。

今、最近の若者の事件を批判する者で、ちゃんとした大人の行き方を若い世代に伝えられている者は一体どのくらいいるのだろうか。

自分達が築き上げてきたものを守ることよりも、流行を重要視していないだろうか。

この国を作ってきた、そして今生活している日本人すべてに問いたい。

自分達の正しい日本観を作ってきただろうか。

価値観を流行に流されてきてはいないだろうか。

このままでは、本当に日本は形骸化し、中身の無い国になるだろう。

間に合うとすれば今が最後である。

ここらで、本当の“日本らしさ”について考えるべきではないだろうか。

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怒る!!!

この期に及んでまだ日朝国交正常化を臨む者がいる。

以下の記事を引用する

 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などは24日、東アジアの非核化を進めるため「日朝国交正常化を求める集会」を東京都千代田区の総評会館で開き、日本政府に「北朝鮮政策を転換し、10年までに国交正常化を実現する」ことを求めるアピールを採択した。来賓の今野東参院議員(民主党)は「経済制裁などの強硬措置では、日朝関係で何の成果も上がらなかった。対立からは何も生まれない」と指摘した。

一体何を言っているのだ。

北朝鮮は核兵器を経済援助を得るための外交カードとしか捉えていない。

そして北朝鮮は東アジアの非核化など求めていない。とにかく金正日政権が存続することのみを願っているのだ。

原水爆禁止日本国民会議や民主党の議員は何を考えているのだ。

東アジアを本当に平和にしたければ、核兵器を生み出す金正日政権を打ち砕くことが最重要課題であることに何故気づかない?

今の状況で国交正常化などして、金正日政権が核を捨て、改心して平和な北朝鮮作りを始めるとでも思っているのか?

正気の沙汰ではない。

もしくは著しく判断力が無い。

拉致問題一つとっても北朝鮮が信用に耐えうる国家かどうかは簡単に理解できるはずだ。

今の状態で国交を正常化したところで、日朝両国にとって百害あって一理なしである。

喜ぶのは金正日ただ一人だ。

本当に北朝鮮のことを思うのならば、一日も早くあの独裁政権を終わらせるべきなのだ。

そして新しい民主的な北朝鮮を作るなり、韓国と統一するなりする事が最も重要な課題であろう。

いい加減に目を覚まして欲しい。

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八王子殺傷事件

まったくひどい事件だ。

この事件に限らず、無差別に殺傷する事件が最近増えている。

しかし、その動機は実に身勝手で、到底同情できるものではない。

この手の事件の犯人はかなり幼稚なことを言っている。

要するに、精神的に大人になれなかったのだろうか。

しかし、そんな簡単な理由で殺人を犯すのだろうか。

何か特殊な恨みがあり、カタキを打つ、などというのならまだわかるが、誰でも良かったなど、言語道断である。

しかも、本当に人を殺さなければならなかったのだろうか。

犯行の動機を聞いてみると、別に殺人をしなくても他に方法があったんじゃないか?と感じざるを得ないことが多い。

要するに、犯人達は精神的な余裕がなくなってしまったのだろう。

もしそれが犯罪の動機なら、我々は何ができるのだろうか。

こういった犯罪を未然に防ぐには、ある程度他人の話に耳を傾けることが大事なのかもしれない。

これらの犯人だって、もしちゃんと自分の話を聞いてくれる人が身近にいれば、凶行に及ばすに済んだかもしれない。

もし、周りに被害妄想に陥っている人や、ろくに他人と言葉を交わさない人がいたら、少し気をかけてあげたほうが良いのかも知れない。

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竹島問題

相変わらず韓国はわけがわからない国だ。

今度は竹島だけでなく、対馬も韓国領だと言いたいらしい。

もうここまで来ると病気である。

この竹島問題のおかげで、六カ国協議にも影響が出ているようだ。

そろそろ、日本もこの問題に限らず、韓国との間に決着をつけるべきだろう。

確かに韓国はわけのわからないまるで子供じみた主張をただ繰り返している。

しかし、この低俗な主張が続いているのは、日韓関係の悪化を恐れるあまり、韓国と直接交渉しない日本の弱腰にも問題がある。

真剣な交渉を行わずに逃げていても、結局韓国と本当の意味で仲良くできることはないし、そもそも韓国を付け上がらせるだけだ。

もうそろそろ正しい論理と行動で、韓国の無法な要求を突っぱねなければならない。

結局、それが一番井の中の蛙である韓国のためになることなのだ。

これからの日本には、強さが必要だ。

歴史を正しく知り、正当な主張をすれば良い。

それだけで、無法な韓国は敗れ去らざるをえないだろう。

道理を通し、正道を通す。

今の日本に必要なのはこれだけだ。

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国会議員の海外出張

国会議員の海外出張はファーストクラスが通例だが、これに若手議員が異を唱えている。

ファーストクラスをやめて、ビジネスクラスにすれば経費が削減できるというものだ。

ロクドウは反対である。

国会議員は威儀を正すべきだ。

国民の代表であると同時に、先進国の議員であることに誇りをもち、当然それに見合った行動をとるべきだ。

いかに経費が削減できようが、国会議員がビジネスクラスやエコノミークラスで飛行機に乗るなど言語道断。恥を知れ。

仮にも国会議員である。

地位に見合った言動を取らなければ、品位が失われる。

品位が失われれば、当然行動や思考にも影響が出る。

国会議員の役割は政治を動かし、立法をつかさどることだ。

品位に欠ける国会議員では困る。

それも、日本国内ではなく、外国から見ても情けない。

だからこそ、地位に見合った行動を取ってもらいたい

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歴史共同研究

日中両国有識者による歴史共同研究の報告書作成が、中国側の要請で7月から8月に延期された。

これはオリンピック目前にして歴史認識問題で反日感情が高まるのを警戒した措置だと思われる。

まったくふざけた話だ。

本来、歴史には感情を入れてはならない。

国家の歴史は、その国家が語り継げばよいものだ。

それを日中での歴史共同研究など、百害あって一理なしだ。

南京大虐殺も、従軍慰安婦問題も、事実無根である。

これは正しく調べればわかることだ。

しかし、中国のこの共同研究の意義は、別のところにあるのだろう。

第三者が正確な歴史研究を行えば、中国側の主張などすぐにウソが見破られる。

しかし、日本と共同研究という形をとって中国が自説を日本に強引に認めさせれば、それが既成事実になる。

そうすれば荒唐無稽な中国史観が国際的に認知される。

中国の狙いはまさにここにあるのだろう。

中国も韓国も、日本の弱腰につけ込むやり方を得意としているので、当然の方法だろう。

今問題とすべきは日本の弱腰である。

もう戦後60年以上経っているのだから、そろそろ国家プロジェクトとして正しい歴史に基づく近隣アジア諸国への引け目を完全に無くす教育をしていかなければならない。

歴史問題における保障は、すでに行われているのだ。

これからの日本は強さを持たなければならない。

強さとは、自国の論理を持ち、その論理を貫く強さだ。

何か国際的な問題がおきたとき、その問題はどう処理すれば最も自国の利益になるのか。

それを焦点にしていかなければ日本は必ず貧乏くじを引き、自滅する。

京都議定書をみればわかるはずだ。

日本は、日本の真の道を進むべきである。

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介護制度崩壊の危機

日本の介護制度は今や崩壊の危機に瀕しているらしい。低賃金に苦しむヘルパー。離職者の続出。そして、そのヘルパーを雇う訪問介護事業者の台所も火の車なんだそうだ。中小では経営が成り立たず、事業主が自らの給与を削ってしのいでいる、といった例も少なくないらしい。これから少子高齢化が進むというのに、一体どうなっているのだろうか。

ロクドウは、この問題は当然起こりえる問題だと考えていた。

子供の数が減り、老人が増えるのだから当然だ。

しかも老人はみんながみんながお金を持っているわけではない。

介護施設にしても、高い金額では老人が集まらなくなり、どうしても低い金額で経営していかざるを得ないだろう。

この問題を解決する良い方法がある。

それは、18~20歳の若者に対する徴兵制だ。

国家のために国民は何をするべきなのか。

その最もわかりやすい方法としての徴兵制である。

男子は徴兵。女子は介護要員。

これを実現すれば今世の中を騒がせている若者に関する問題は、すべて解決するのではないか?

規律や規範意識を教え、しかも少子高齢化の日本を救い、ついでに大人としての自覚も生まれるだろう。

まあ百歩譲って全員が介護要員でも問題自体は解決するだろうが。

なんにせよ、早くこの問題を解決しておかないと、将来的に移民を受け入れるなどという話に発展しかねない。

移民を受け入れることのリスクを考えれば、この介護徴兵とも言える制度を一日も早く実用化すべきだと思う。

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なりすましメール

“なりすましメール”なるものによるいじめが急増しているらしい。

発信者を偽装して、混乱を招くという手法のようだ。

中にはクラス中のメールアドレスから「うざい」「死ね」などとメールを送りつけられた例もあるという。

最近は携帯の発達によっていじめが深刻化しているようだ。

少し前にも学校裏サイトなるものがはやっていた。

まったく、いじめによる被害は深刻化するばかりだ。

いじめを無くす方法はあるのだろうか。

テレビやラジオ、書籍等でいろいろと言われているが、

いじめを無くす方法そのものはこの世には存在しないと思う。

なぜかというと、人をいじめる者は基本的に卑怯者だからだ。

人を陥れて楽しむ、という卑怯者は有史以来あとを絶たないのだ。

まず卑怯者は、絶対に自分が手痛い反撃を食らわない相手をいじめのターゲットとして選ぶ。

このターゲットは少しでも周りと違う者、空気の読めない者、友達のいない者など、多くの場合大勢に属さないか、もしくは精神力の弱そうな者を選ぶ。

そして卑怯者は最初はちょっかいを出す程度で探りを入れる。

ある程度探りを入れながら、周りの反応も見る。

この時点で、いじめる卑怯者と、そいつになびくもの、傍観者の3パターンに別れる。

そして卑怯者はなびく者を味方につけ、陰湿ないじめを開始する。

おそらく最近はこの時点で、いじめられる人以外のクラス全員がなびく者に変化するのだろう。

いじめられる人は当然反撃する。先生に相談したり、気が強い人なら本人が実際に卑怯者に食って掛かることもあるだろう。

しかし、多くの場合それは意味を成さない。

なぜなら、卑怯者は卑怯者らしく、相手が反撃できないようにいじめているからだ。

先生に言ったところで、先生にわからないようにいじめているし、そもそも先生が何かしたところでいじめが解決しないことくらい百も承知だ。

いじめられている人が真剣に抗議したところで、それは新たなるいじめの標的にしかならない。

どんなに真剣に抗議しても、卑怯者は初めから聞く気がないし、その真剣さすらあざ笑う。

そうやっていじめは完成していく。

ある程度時期が来ると、卑怯者はつまらなくなり、ターゲットを変える。

今までいじめていた者と急に仲良くなったふりをして抱き込み、今度は今までいじめていた者を尖兵として、傍観者だった者の誰かにターゲットを移し、新たないじめをしていく。

全くひどい話である。

ロクドウは、自分も含め、3回いじめを無くしたことがある。

今は時代も変わって、ロクドウのやり方が通用するかどうかわからないが、一応その手順を記しておこうと思う。

何かの役に立てば幸いである。

まず、自分がいじめられている場合。

一番良い方法は、いじめてくる卑怯者と話をしないこと。

卑怯者はどんな言葉尻からでもいじめようとてぐすね引いて待っている。

付き合う必要は無い。

そうすると、下手するとクラス全員から相手にされなくなるかもしれない。

実際そうなった。

しかし、ロクドウはそれでも精神力でカバーした。まあ、これは小学校のときだったが・・・。

そしてロクドウは武道の研究を始めて、物理的にも強くなることにしたのだ。

もし女子だったら、どうしてたか・・・。図書館にでも通って、読書に没頭していたかもしれない。

なんにしても、何かに打ち込めば周りなど、どうでもよくなる。

他人は他人。学校時代の友達など、大人になる頃にはあまり付き合いがなくなるものだ。

そして、最後の最後まで自分のことを考えてくれるのは家族のみである。それを忘れてはならない。

しかし、この方法を実行するにはたった一人で戦う覚悟が必要である。

このような方法でいじめを乗り切ると、今度はいじめのターゲットが変わる。

そのときは、余力があればいじめられている子と仲良くしてあげることが重要だ。

もしそれが無理なら、せめて傍観者でいること。

それで、何か本当にひどいことをしているようなら、先生に実情を話せばいい。

もしこの方法でいじめを退けることができたなら、誰かいじめられている子を助けてあげて欲しい。

やり方は簡単だ。

上記の通り、いじめられている子と仲良くなってあげること。

再びクラス全員を敵に回すかもしれないが、いじめられてる子は救われる。

ロクドウは中学のときにこの方法で一人助けた。

高校のときもこの方法を使ったが、そしたらターゲットが自分になっってしまった。だが、せいぜい40人程度、しかも高校では最早ロクドウの敵ではない。

大学以降は、幸いひどいいじめに出会うことはなかった。

いじめと戦うと、基本的に自分が犠牲になる。

だからこの方法は、というよりいじめと戦うことを他人に強制するつもりはない。

しかしロクドウは、昔から「弱いものをいじめるな」と言われて育ったので、後悔はしいない。

むしろ男として当然のことをしたまでだと思う。

今の時代はヒーロー物ですら真面目に悪と戦わない。

全く世も末である。悪と戦う敢闘精神を持たないから、中国、韓国の法外な要求を突っぱねることができんのだ。

今回の竹島問題でも韓国は好き放題やるつもりだ。

ここで韓国の暴走を止める正義の政治家はいないのか。

もしいないのなら、いっそ、ロクドウが政治家になるしかないのだろうか。

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すかいらーく店長

契約社員のすかいらーく店長が過労死の認定を受けた。

店長とは名ばかりで、契約社員でありながら過酷な労働をしていたらしい。

きっとこのような例は表面に出てきていないだけで全国的にたくさんあるのだろう。

過労死の問題が起きるたびに思う。

日本は豊かになったんじゃないのか?

何のために日本は豊かになったのだ?

大戦が終わって、日本をもう一度豊かな国として生まれ変わらせるために戦後世代はがんばってきたんじゃないのか?

これでは古代の奴隷と同じではないか!

今回過労死した人は、一体何のために働いたのだ。

この人は、忙しさに殺されたのだ。

もうそろそろ、経済について根本的に見直す時期が来たんじゃないだろうか

そんなにお金を稼がなければいけないのか。

“そこそこ”に分相応な幸福を求めてもよいのではないだろうか。

これは日本国すべてに言えることだろう。

この世界の経済は何かが間違っている。

人間が、経済の言いなりになってしまってはいないだろうか。

経済の発展をもっと根本的に多角的に考え直す時期が北のではないだろうか。

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東名バスジャック

まったく、なんということだ。

親を困らせたかったからバスジャックをしたらしい。

・・・その行動力、何かに生かせなかったのだろうか。

犯人の少年は、親とよくケンカをしていたらしい。

ケンカをするほどなのだから、ある程度のコミュニケーションは取れていただろうに・・・。

しかしどんなにケンカをしたところで、親は親、子供は子供。

まだ中学生なのだから、親の言うことは「はい」と言って聞かなければならない。

親もまた、子供に正しい道を示さなければならない。

最近のくだらない風潮に染められて、騒ぎを起こして世間に注目されたいだの、親を困らせたいだのという理由は実にみっともない。

反抗期だから親が気に入らないのはわかる。

だが、そのエネルギーは別のところで発散して欲しい。

私が反抗期だった頃、いくら腹が立っても親や目上の人には汚い言葉遣いはしないということを自分の中で定めていた。

なぜなら、親や目上の人間に汚い言葉でしか反抗できないというのは、反抗したくても方法が見つからないただの愚か者に思えたからだ。

もし反抗期にある人がこのブログを見たのなら、ウザイ、キモイなどの薄っぺらい言葉ではなく、どうすれば親や目上の人間から一目置かれるようになるかを考えて欲しい。

そうすれば、同級生からの視線もまた、自ずから変わってくるはずだ。

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一斉休漁

日本の漁業が危ない。

本日、燃料の高騰による経営難により、全国的に一斉休漁を行った。

漁民の人々は国に対して保障を求めている。いわば漁民のストライキだ。

しかし、これも核心をついていないのではないか?

そもそも、ことの原因は燃料の高騰だ。

だとすればこの原油高騰の問題を片付けるのが先決だろう。

まずは現状の原油高騰を解決するべきだ。

日本中の経済学者は何をやっているのだ。現状の説明だけしていても、何の役にも立たない。

そして、今はまさに日本の正念場だ。

いつか書いたはずだが、日本には資源が無い。

資源が無いのだから他国から仕入れなければならない。

しかし、他国はいつもよい国ばかりではないから、ある程度日本の融通が利く仕入先を確保しておかなくてはならない。

今も国際援助を続けているのだから、そういった資源を確保できそうな国に重点的に援助を行い、日本の存在感を強めなければ、本当に日本は生き残れなくなってしまう。

資源が無いのだから、知恵で勝負するのだ。

日本人が力を合わせれば、必ずできるはずだ。

あとはそういった流れを国で後押ししていかなくてはならない。

それこそが、建設的な議論というものだろう。

政治家の皆さんには、本当にしっかりしてもらいたい。

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怒る!!

昨日も書いたが、竹島問題である。

韓国の唯我独尊ぶりには怒り心頭である。

そんなに自国の領土だと主張したいのならはっきりと証拠を見せればよい。

「独島は韓国の領土だ」という叫びのみ行い、その根拠に対して何の発言も無い。

日本も日本だ。歴史的にも地理的にも竹島は日本の領土だ。

韓国は嘘八百を並べ立ててまるで駄々っ子のような主張しか繰り返さないのだから、動かぬ証拠を突きつければよい。

この問題に関して、一時期日韓関係がうまくいきかけていたのに、竹島問題で台無しになった、という旨の発言をしている者がいるが、全く的を得ていない。

どんなに表面的な友好関係が作れたとしても、竹島のような領土問題を初めとする“絶対に譲れない事項”が解決しない限り、真の友好はありえない。

日韓両国に問題がある以上、経済協力等のために一時的に目をつぶったところで意味は無い。

卑怯な韓国は、自分達が経済的でも何でも、不利な立場に立ったときに必ず領土問題を持ち出してくるだろう。

これは大戦時の“歴史問題”も同じだが、韓国は日本の嫌がることを知っているのだ。

日本は他国、特に韓国、中国と衝突することを嫌っている。避けようとしている。

だから韓国や中国は交渉が不利になると必ず歴史問題や領土、領海問題を持ち出してくるのだ。

いい加減日本人も目を覚まそう。

今回の竹島問題は島根県一県が韓国と戦っている。

国家を左右する問題を、たった一県にだけ背負わせていいのか?

日本には反日日本人がテレビ局等にいるので、テレビの報道は日本政府のやり方は必ず悪く描かれるが、そんなものにだまされてはいけない。

今こそ日本人は衝突から逃げてはいけない。

これはいじめを傍観しているのと同じことなのだ。

たとえ自分が傷ついても、窮地に立つものに手を差し伸べて、不正と戦わなくてはならない。

一人ひとりがこの考え方を持てば、日本は必ず明るい国になる。

今回の場合は、島根県もそうだが日本国が窮地に立たされている。

正しく、公平な目で歴史を見れば、韓国や中国の言い分には一分の理も無いことがはっきりする。

確かに正しい歴史を公表した場合、中国、韓国から非難を受けるだろう。

しかし、今やらなければ、未来永劫偽りの戦争問題で日本は被害を被り続けてしまう。

戦うことを恐れるな。

自分達の国の本当の過去を知れば他国に対して胸を晴れるようになる。

少なくとも、歴史問題を外交カードに使われることは無くなる。

今支持率が低迷している政党は、本当のことを言えばよいのだ。

本当のことを言えば、必ず今よりは支持率が上がる。

これは断言できる。

日本のために、中国、韓国の世論を敵に回せる政治家はいないのか。

例え外国の世論を敵に回しても、ちゃんと正論を述べれば少なくとも現代の日本人には通じるはずである。

日本人自体が歴史に対して確固たる知識を得れば、少なくとも日本はアジア諸国に対してはもちろん、国際社会での地位は高くなるだろう。

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北朝鮮

やはり北朝鮮は核を援助を引き出すためのカードくらいにしか思っていないようだ。

なんにせよ、核を放棄する姿を見せることによって、国際社会から援助を受けられるし、平和志向であることを協調することもできる。

やはり北朝鮮の一人勝ちだ。

一方の韓国も、相変わらずしょうがない国だ。

かの国の報道官は「独島は歴史的にも、地理的にも、国際法的にも韓国の領土であることは厳然としているので、紛争対象にはなり得ない」らしい。

本当にそうなら国際司法裁判所に出てきて、正々堂々と日本に対し、領土の主張をすればよい。

しかし、韓国は逃げ続けている。

当然だ。竹島は歴史的にも地理的にも韓国の領土ではないのだから。

国際司法裁判所などに出てくれば、韓国が竹島に対して行っている不法行為のすべてがばれてしまう。

全く卑怯千万な話である。

しかし、日本にも原因がある。

日本は領土に関する主張が少なすぎる。しかし、この問題は現代日本人が国家というものをしっかりと認識していないことが根底にある。

北方領土、竹島、尖閣諸島、すべてに言えることだが、領土は、国の基盤である。

その領土をないがしろにする国民は、結局最後には他国に侵略される。

それは精神的にも、物質的にもだ。なぜか。

国家は人間が長い時間をかけて築いてきたものである。そこには風土を基本としてはぐくまれた伝統がある。そしてその伝統はその国民が積み重ねてきた知恵の結晶でもある。

その伝統を失えば、当然独自の文化も失う。

そして伝統も、文化も、その基盤となっているのがその国の風土、つまり国土だ。

だから伝統も文化も失うことに危機感を覚えなければ、国土を奪われても危機感を持てない。

昨今の領土問題を見てもそれはわかるはずだ。

そうなると国民はその独自性を失い、他国の価値観に染められてしまう。しかもそれは本人たちが強制されるというよりむしろ、喜んで受け入れていくだろう。

そうなると他国の価値観をまるで自分達の価値観のように錯覚してしまう。

これがなぜいけないことかというと、価値観が他国のものだと、いくら努力してもその価値観を最初に持った国、つまりオリジナルな国には絶対に勝てないのだ。

今まではそれでも良かった。

日本には、他国のものを取り入れても日本的なフィルターを通して全く新しいものとして生み出す力があったからだ。

しかし、最近はどうだろう。

日本の伝統的な感覚がなくなっている今、他国のものを積極的に取り入れることは日本という枠組みを壊すことにほかならない。

今こそ日本人が知恵を絞り、日本の多くが幸せを感じることのできる日本オリジナルを作るべきではないだろうか。

そうでなければ、日本はやがて国際社会から食い物にされてしまう。

未来の日本のために、今からでも遅くないから正しい歴史を学び、時を重ねることに価値を見出して、「日本」を見つけよう。

それが本当の意味で日本人が幸せになれる唯一の道ではないだろうか。

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日本の北支援

北朝鮮の核問題をめぐる6か国協議の首席代表会合が12日に閉幕した。

結局、北朝鮮は10月末までに核施設の無能力化が完了すれば経済、エネルギー支援を得られる形となった。

さて、日本が重要視している拉致問題の解決だが、最早解決できないと踏んだほうが良いかもしれない。

この六カ国協議で北朝鮮は、核施設の無能力化さえしてしまえば経済、エネルギー支援を受けられるようになってしまう。

そこに拉致の問題の重要性などほとんど無い。

日本一国が拉致の未解決を理由に経済、エネルギー支援を渋ったところで、おそらく大勢に影響はないだろう。すべては北朝鮮に有利に物事は進んでいる。

そもそも、国際社会の協調を第一におく日本が、いくら拉致の問題が重要だからといって国際社会の歩調を乱せるかどうか。

十中八九、拉致問題はなし崩しになるだろう。

ここでも私の持論である、「国家は相応の武力を持たなければ意見を通すことすらできない」が現実味を帯びてくる。

日本という国家を未来永劫残すつもりがあるのなら、本当にそろそろ真剣に国防について、日本独自の路線について話し合うべきではないだろうか。

国民、政治家、この国に住む人々は日本についてどう思っているのだろうか。

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核申告検証

六カ国協議が始まっている。

斉木アジア大洋州局長は北朝鮮の核問題について、

“核施設への立ち入り、北朝鮮核技術者への聞き取り調査、疑問点に対する追加文書提出”の3点から成る指針の原則で合意したと伝えた。

とりあえず一歩前進、といったところか。

北朝鮮の場合、問題の核心は金正日政権の存続にある。

拉致や核の問題が例え解決できても、金正日政権が維持されているなら意味が無い。

特殊部隊でも送って、さっさと金正日政権をぶち壊せばよいのだ。

その後、韓国と統一し、新しい朝鮮を作ればよい。

その時こそ日本が全力でバックアップをするべきだ。

朝鮮半島の統一こそがアジアにおける課題ではないだろうか。

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大分教員採用汚職事件

前にも書いたが、もともとロクドウは教職を目指していた。

だから教育関係の問題には目を光らせているが、今回の大分での事件は一般の人とは少々違う見方をしている。

まずいまだにコネがあることに驚いた。

しかし、本当にコネはいけないことなのだろうか。

公明正大は大事なことである。しかし、信用に基づく口利き、つまりコネも日本の伝統の一部なのではないだろうか。

コネといえども誰でも彼でも採用するわけではない。ある程度の信頼関係の上で成り立っているものだ。だからコネで採用した場合、その採用者が何か不祥事を起こした時に、紹介した者がしっかりと責任を取るようにすれば状況は変わるのではないだろうか。

今、なんでもかんでも西洋と同じ土俵に立っている。

しかし、日本人には日本人の培ってきたやり方があるはずだ。

コネの問題は何も教職に限ったことではない。すべてのコネに対し、いわば“信用採用”とも言うべき市民権を与えてみてはいかがだろうか。

下手にコネだからといって隠すからよくないのだ。

口利きはするが、信用に足る相手からしかしない。そして口利きされた者が不祥事を起こした場合、口利きをした人間がすべての責任をとる。

こうすればコネを使う側、使ってもらう側の双方共にかなりの緊張が走るはずだ。コネを使って入った者は、当然周りの目もあるし、自分だけでなくお互いの信用がかかっているのだから、下手なことはできない。

ひょっとしたら公平な試験よりも良い人材が生み出せるかもしれない。

日本には、長い歴史の中で培われた日本独自の方法がある。

そろそろ西洋から目を移し、日本独自の、いわば日本オリジナルなシステムのすばらしさに気がつくべきではないだろうか。

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北海道洞爺湖サミット閉幕

一応何事も無くサミットは閉幕した。

環境問題に関してはいろいろと言いたいことも多いが、とりあえず無事に閉幕できて良かったと思う。

明日からは六カ国協議が始まる。

北朝鮮に対してどこまで強い態度を取り続けられるかが問題である。

しかし、楽観視はできないだろう。

北朝鮮の問題は、国際的には核兵器問題のみなのだから。

拉致が関係しているのは主に日本であり、やや韓国も入る。

果たして日本はどこまで六カ国協議で己の要求を通すのだろうか。

「国家は相当の武力を持たなければ存続できない」というのがロクドウの持論であるが、それを超えて発言権すらないということにならない事を祈るばかりだ。

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世界遺産

「平泉の文化遺産」が世界遺産登録の選考から漏れてしまった。

非常に残念でならない。

ロクドウはこの平泉に並々ならぬ関心を寄せている。

それは、平泉の金色堂を初めとする文化遺産の数々のすばらしさもさることながら、奥州の歴史、ひいては奥州藤原氏に強い興味を抱いているからだ。

皆さんは1993年の大河ドラマ、「炎立つ」をご存知だろうか。

奥州藤原五代にまつわる高橋克彦氏の歴史小説である。

一般的には藤原三代だが、ここはあえて五代である。

それは、初代の藤原経清、清衡、基衡、秀衡、泰衡の五人だからである。

詳しくは高橋氏の小説を読んでいただくとして、ロクドウが注目しているのは最後の泰衡だ。

奥州17万騎と呼ばれる軍隊を持ちながら、20万の鎌倉軍を迎え撃つことをしないで散った泰衡。

鎌倉軍が平泉に入ったときにはもうすべてを引き払った後だったという。

この奥州藤原氏の幕引きが不思議でならなかったが、炎立つを読んでやっと納得がいった。

泰衡が世間一般で言われるような凡愚な男なら、たかが20万で攻められようとも奥州17万騎、少なく見て仮に10万騎でも迎え打っただろう。

篭城戦の場合、3倍の兵力が無ければ成り立たないのは戦の常識だからだ。しかも、勝手知ったる自分達の領土内での戦である。

しかし、泰衡は戦わなかった。

それは戦って民の命を奪うことなく、自分から引いて平泉の民の命と、心を守ったのだ。

炎立つの第五巻、光彩楽土ではそうまとめられている。

この解釈こそ、本当の泰衡の姿だとロクドウは思う。

惜しむらくはこの原作が大河ドラマの製作に間に合ってくれれば、本当に面白い、最高の大河になったのではないかと思う。

非常に残念だ。

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教職試験

昨日、東京都の教職採用試験があった。

ロクドウも昔教職を目指していた者であり、中学、高校の教員免許を持っている。

しかし、教職の道は進まなかった。

なぜかというと、現在の教職にまつわる環境、意識への違和感があったからだ。

まず、教育とは、強制である。

特に義務教育は強制であるのが当然だ。

この時点で?と思う人はすでに今の時代に毒されている。

義務教育とは、日本国、もしくは日本国政府が日本国民に対して、これだけは身につけなさいという教育水準なのだ。

要するに、日本人としての常識だ。日本語の読み書き、足す、引く、かける、割るの四則計算、日本の地理、歴史。

これらを滞りなく身につけさせるのが学校の、義務教育の役割である。

ほとんどの人がこれを忘れている。現場の教員ですら忘れている。

そしてそのシステムは、教師が教壇に立ち、複数の生徒に教えるという形式だ。これはまさに先に生きた先生が、生徒に教えを授ける。

これを忘れてはいけない。最近は何でもかんでも民主的にやりたがるが、生徒が自主的に物事を決めていいのは自分達の生活や活動面のことだけであり、基本的に教師の管轄される立場であることを忘れてはならない。

つまり、教師は生徒より立場が上なのだ。

これをすべての人が口に出さないから学級崩壊その他の問題が起きる。

生徒は教師の言うことに従わなくてはならない。

一見今の時代にそぐわないやり方に見えるが、そんなことは無い。

誰でも学校を卒業したら仕事に就く。その時、上司や先輩の言うことに従わなくては、収集がつかない。

社会に出るときの訓練を学校でしているのだ。

教育に関しては怒っていることが山ほどある。

折に触れてどんどん主張していきたいと思う。

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気象衛星

気象衛星が消滅の危機に瀕しているらしい。

現行の気象衛星ひまわり6号、7号は2015年に寿命を迎える。しかし、これの後継衛星の予算が経たず、次の衛星を打ち上げられない状態らしい。

日本は宇宙開発に力を入れなさ過ぎであろう。

気象衛星がなくても困るが、それ以上に国防関係の衛星がないのはまったくおかしい。

日本は本気で身を守る気があるのだろうか。

たとえミサイルが無くても、高性能な衛星によって一秒でも早く敵の状況がわかれば、すぐに手を打つことができる。

まさに、戦わずして勝つという武道の王道だ。

これからの日本は、宇宙開発ももっと一般的に議論されていかなければならないと思う。

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公園事故

江東区の公園で、児童3人が怪我をする事故があった。

これは、点検の不備が起こした事故だろう。しかも、江東区はこの遊具の設計図を無くしている上に、施工業者も特定できていないという。

今回の場合、これは確実に手入れの不行き届きが原因の不幸な事故である。不幸中の幸いで、死者が出なくて良かった。

しかし、こういう事故があると、同じ形の遊具がさっぱりとなくなってしまう。事故は点検の不備が原因なのだから、他の遊具はしっかりと点検すればよいのにもかかわらず、だ。

まさにタイヤブランコがそうだった。

しかし、これとは別に、遊んでいると怪我をするから、という理由でシーソーやらブランコが無くなるケースもある。

最近は子供が不注意だったことを誰も責めない。

何でもそうだが、モノは使い方次第なのだ。

これをしたら怪我をする、というのは子供のうちに身につけておかなければ、それこそ大人になって大怪我をする。

だからこそ、子供が不注意でケガをした場合は、遊具や道具を責めないでほしい。

子供にはしっかりと怪我をしないように、危ないことや馬鹿なことをしないようにと教え諭してもらいたい。

それが親の務めだとロクドウは思う。

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努力

人間は目標がなければ努力は続かない。

最近、ニートやフリーターが多い理由をいろいろな人が解説しているが、そのほとんどが核心をついてはいない。

今、自立支援の相談には、自暴自棄の人が増えているという。

「私の生きる意味が全くわからない。」「夢は自爆テロ」「どうせ何をやっても努力不足といわれる」・・・。

このような人たちに共通するのは、「こんな世の中なのになぜ、オレがきちんと働くという“義理”を果たさなきゃいけないのか」という社会不信らしい。

この社会不信、ロクドウには良くわかる。

人口も減りつつあり、消費が伸び悩んでいる現在の資本主義経済の中ではよほどがんばらなければ企業の業績は上がらないのだろう。

家族を養うためなどの明確な目標のある人ならばそれでもがんばれるだろう。しかし、何の目標もなく、ただなんとなく就職した人はとてもじゃないががんばれないだろうと思う。というより、がんばる意味が見出せないだろうと思う。

今は共働きの時代で、結婚しても女が男と同じように働く時代だ。

これじゃあ男の威厳も何もない。しかも、熟年離婚が増えているという。一生懸命家族のために働いても、定年になる頃には離婚されるような姿を目の当たりにしてしまえば、結婚すら目標ではなくなる。

昔の男は、家族のため、国家の繁栄のためにがんばっていた。

しかし、今はもうどちらもありえない。

これではニートやフリーターが増えるわけだ。

だからこそ今の時代に最も必要なのは、男が情熱を燃やせる対象を得ることだろう。

その対象の一つが、国防に関する議論だと思う。

平和の議論を現状が見えていないおばさんたちの好きにさせてはいけない。

国防の議論は、まず自分の国がいかなるものなのかを考えるところからはじめるべきだと思う。

そして、国防を論ずるために歴史を学び、日本人が歩んできた道をもう一度見直すべきなのだ。

そうすれば今の時代に何が本当に必要なのかが見えてくるはずである。

それが見える男が一人でも多く生まれれば、時代や風潮も変わってくると思うのだが、どうだろう。

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つまらない

最近、といってもここ10年くらいずっとだが、テレビが面白くない。

テレビ局が言うには、コマーシャルによる収入が減り、番組の制作費を削らざるを得ない状況で、それによって制作費の安いバラエティ番組が増える傾向にあるという。

つまらない番組だからこそ視聴率も取れないし、視聴率が取れなければスポンサーもつかない。そしてますます費用のかからないつまらない番組になっていく。

しかし、費用をかけたからといって面白い番組ができるかというのも眉唾物だ。

面白い、面白くないは個人によって反応が違う。

しかし、今は流行の番組しかテレビでやっていないような気がする。

これから高齢化社会が進むのだから、もっと年寄り向けの番組を増やしてはどうだろうか。

やはりテレビの製作側が流行にしか目が向いていないのだろうか。

流行以外にも、必要な物事はいくらでもあるだろうに。

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神社

ロクドウは神社が好きである。

子供の頃から裏に神社があったというのも関係しているだろうが、それを差し引いても神社は良い。なんといっても落ち着く。

あの独特な感じは神社のある場所がかもし出しているのだろうか。

どの神社も長い時を経てきている。周りの状況は変わっても、神社はせいぜい社殿が建て直されるくらいしか変わらない。

中にお祭りされている神様は、神社の中から時の流れを見つめているのだ。

人によって感覚は違うかもしれないが、神社のある場所こそ日本だと思う。

だから沖縄は日本っぽくないのだ。

それがいけないと言っているわけではない。

ただ、無意識に神社に日本を感じてしまうロクドウには、そう思えるだけだ。

自然を敬い、祖先の霊を敬う日本に生まれた神道と、それを祭る神社。

これこそまさに日本の象徴ではないだろうか。

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この星の明日のために

さて、昨日の続きである。

昨日、問題は人間のもたらす経済発展だと書いた。なぜなら、経済発展は資源を加工し、それを活用し商売を拡大することによって成り立つからである。

化石燃料はその名のとおり化石なので、たとえ枯渇しても地球環境に与えるダメージそのものはさほど大きくはないだろう。

それよりも重大なのは森林資源を初めとする現在ある環境を構築している資源だ。

今、我々の周りを構築している環境は、昨日今日に整ったものではない。それこそ何万年もの時間をかけて成されたものだ。

それを人類がたった数百年で環境を激変させ、自然の回復力では追いつかないほど破壊していることが問題なのだ。

その原因が豊かさを求める経済活動であることは誰の目にも明白であろう。

だから地球環境を守る、といった場合、経済活動の縮小が伴っていなければほとんど意味を成さない。現状の経済活動を維持しながら、地球環境を守るなどということは絶対にありえない。少なくとも現在の科学力では経済と環境は絶対に両立しない。

これが昨日の冒頭で語った現状のエコへの不信感である。

地球の環境を本気で守るつもりなら、一切の経済活動をとめるしか方法はない。しかし、現在の人類はそれを実行することはできないだろう。

この矛盾を端的にあらわしているのが京都議定書に代表される、「これを守れば地球環境に配慮していますよ」と感じさせてくれる免罪符である。もちろん今流行のエコも所詮は免罪符に過ぎない。

今がちょうど地球人類にとっての分かれ道だと私は考えている。

人類の未来には、二つの道が用意されていると思う。

一つは、銀河鉄道999に代表される、荒涼とした、何も残っていない地球。

もう一つは、ドラえもんに代表される幸せな未来。

90パーセント近い確立で草もろくに生えていないような雪降り積もる999の未来が待っているだろうが、今、この時期に何とか人間が今の経済のあり方(右肩上がりに成長させてより大きな利潤を求める姿勢)を直しても平和な生活をしていけるだけの知恵と技術をひねり出すことができれば、未来は明るくなるかもしれない。

しかし、これを実行するには本当に高度な科学力と、人類そのものの変革が必要になるだろう。

だからこそ、ドラえもん的未来は可能性が薄いのだ。

この「未来」はいつかテーマとして扱ってみたいと思う。

なんにしても、これからの30年が地球人類にとっての山場だろう。

地球温暖化の問題も30年後には決着がついているだろうし、今懸念されている問題の多くにも回答が与えられているはずだ。

30年後が楽しみだが、果たしてこの星の未来はどうなっていくのだろうか。

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