日記・コラム・つぶやき

公園事故

江東区の公園で、児童3人が怪我をする事故があった。

これは、点検の不備が起こした事故だろう。しかも、江東区はこの遊具の設計図を無くしている上に、施工業者も特定できていないという。

今回の場合、これは確実に手入れの不行き届きが原因の不幸な事故である。不幸中の幸いで、死者が出なくて良かった。

しかし、こういう事故があると、同じ形の遊具がさっぱりとなくなってしまう。事故は点検の不備が原因なのだから、他の遊具はしっかりと点検すればよいのにもかかわらず、だ。

まさにタイヤブランコがそうだった。

しかし、これとは別に、遊んでいると怪我をするから、という理由でシーソーやらブランコが無くなるケースもある。

最近は子供が不注意だったことを誰も責めない。

何でもそうだが、モノは使い方次第なのだ。

これをしたら怪我をする、というのは子供のうちに身につけておかなければ、それこそ大人になって大怪我をする。

だからこそ、子供が不注意でケガをした場合は、遊具や道具を責めないでほしい。

子供にはしっかりと怪我をしないように、危ないことや馬鹿なことをしないようにと教え諭してもらいたい。

それが親の務めだとロクドウは思う。

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子供の意見を聞く?

今日ラジオで環境問題のこれからについて、子供の意見を聞いたほうが良いという話が出ていた。

これは環境問題だけではないが、最近第三者の意見を聞いて、というたぐいが多すぎる。

長い時間をかけて研究してきた人間が、思いつきのごとき他者の意見に流されてどうする。

そもそも、その対象についてよく知らないから“第三者”なのだろう?

その道の研究者の意見は、門外漢の意見を聞いたくらいで変わるような意見なのだろうか。

これは研究者に対する冒涜でしかない。

こういうことを好む人は、総じて自分に自信がない場合が多い。

何か一つのものに打ち込んだことがある人なら、同じ事を何十年も続けている人の見識の高さや正しさはわかるはずだ。

いや、これはひょっとすると自分の研究がたいしたこと無いことにうすうす気づいていて、それをカモフラージュしているのかもしれない。

ということは、やはりどちらにせよ研究者が安易に他者の意見を聞いて物事を決める、ということは警戒すべきことなのかも知れない。

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